大判例

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東京高等裁判所 昭和45年(う)2212号 判決

被告人 長谷渉

〔抄 録〕

所論は原判示第二の事実につき、被告人運転の自動車が原判示の如く次々に三台の自動車に接触した事実はあるが、被告人は酒に酔つていたために気付かなかつたのであるから、そのことにつき警察官に所定の報告をしなかつた責任を問うことはできないに拘らず、原判決が同報告義務違反の事実を認定したことは誤認であると主張する。

記録を検討するのに、原判決が認定した前後三回の接触事故について、被告人が接触の事実を認識したか否かを認定する証拠として、実況見分調書および司法警察員、検察官の被告人供述調書中に被告人がこれを肯定した趣旨の供述記載がある。殊に、検察官調書には「うつすらと接触したことは二つの事故とも覚えています。」とあり、三回の接触について漠然とはしているが、三回とも接触の事実を認識した趣旨の供述がある。ところが同じ検察官調書中に、前後三回の接触についての具体的状況として、第一の事故は、「こすれるようなバリバリという音と接触した感覚をよく覚えています。」とあり、第二事故については「フエンダーとフエンダーがこすつたような感じのする感覚があり」第三の事故は「相手車のドアの辺りに自車前部が軽く当つたように感じた。」と、三回ともかなり明確敏感に接触の事実を認識した趣旨の供述記載がある。しかし、その後の第二回検察官調書では第二回の接触について「始めに電柱にぶつかり、さらにもう一度何かにぶつかつたことは覚えていますがそれが自動車だつたかどうかは、単にライトの光を感じただけでよく憶えていません」と述べ、「フエンダーの接触」を認識した事実を否定し、第三の接触では「少しこすつたかなあと感ずる位でシヨツクという程のことは感じませんでした。」と改めている。また、同検察官調書中、司法警察職員作成の実況見分調書を示された被告人の供述として「お示しの図面はいずれも昨日、当時のことを憶い起して申し上げて図面に作成してもらつたものでその通り間違いありません」という供述になつているが、右実況見分調書を検討すると、現場に立会つた被告人の指示説明として第一の接触事故については、「<1>の地点で<ア>の地点に進行してきた対向車両を発見、十分すれ違えるものと判断、進行したが<2>の地点で対向車両と衝突、衝突地点<×>で相手方は<イ>の地点である」と記載があり、接触の事実のみならず、事前に相手車両を発見したことや、これとの接触危険の有無についての判断をしたことまで供述しているか、第二接触事故については、「<×>で電柱に衝突したことはあるが車両に接触したかどうか判らない」といい第三の接触については「<×>で自車の前部が相手の右側面に接触した」旨指示説明をしている。右実況見分調書に指示説明したとおり相違ないとしながら、そこで検察官に供述した事実の内容は、前記のとおり右指示説明の内容とは著しく相違しているのである。

被告人は原審公判廷において右検察官調書が作成された当時の状況について、「検事さんが君わからないじや弱つたな、もうバスがなくなつちやうし、かえれなくなるじやないかといわれまして、自分としても疲れてまして、ともかく覚えているか、覚えていないといつても何かその感覚があつたろうということで、バリバリかガタというか何かそういう感覚があつたはずだから、それを思い出してみろ、ということで、自分としても思い出せないんですけれども検事さんが、じや一番最初はバリバリンで二番目はガーツというような音がして三番目はカツンという音がしたんかといわれて、具体的なことをいわれたものですから、自分はわからないけれども―中略―一番最初のあれはバリバリンで、二番目はガーツというような音でしたとそういうふうに申しました」と述べている。

右被告人の原審公判廷の供述はこれを全面的に信用しうるものでないにしても、検察官に対する被告人の供述が多分に検察官の誘導によつてなされた疑いがあり前記検察官面前調書中の被告人の供述記載内容自体結論としては三回の接触事故とも漠然とした認識があつたとしながら、その具体的状況についてあるものは明白にこれを否定し、あるものは、接触の知覚のみならず、事前に相手車を発見しこれとの接触危険の有無まで判断し、その判断を誤つて接触するに至つた状況の填末まで自供する内容となつているのであつて、このように一見矛盾の明らかな供述が整理されないまま、その真相が解明されていないのであつてこれを本件事実認定の的確な証拠とすることに躊躇せざるをえない。

被告人はなお原審公判廷において検察官から「君はいくら酔つていても事故を起した当時は覚えているはずだ。君は一晩ねたから覚えていないんだろう」と言われ結局は覚えていないことを理詰めで自供した趣旨の供述をしているのであるが、被告人の検察官調書中にも被告人の供述として「私は酒をのんだあと一晩寝てしまうと前日のことは良く忘れてしまいます。今回の事故もその時は判然と憶えていたのでありますが、唯今では少し記憶がうすれてしまつて判つきりしませんが、うつすらと接触したことは三つの事故とも覚えています。」と記載されている。右被告人の供述内容自体矛盾しているばかりでなく、前記摘出の被告人の検察官に対する供述は全体を通して検察官の理詰めの追及により真相に合致しない自供がなされたものと推認しうるのである。これを本件事実認定の証拠とすることはできない。接触された各相手方の供述その他記録に存する全資料によつても、被告人が各接触事故を認識していたことを確認し得る証拠は不十分といわざるを得ない。原判決が被告人にその認識があつたことを前提として報告義務違反の事実を認定したことは証拠の評価を誤つて事実を誤認したというべく、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであり、原判決は第一、第二の事実を併合罪として処断しているのであるから、全部破棄を免れず、所論は理由がある。

(関谷 寺内 渡辺)

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